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ニュース

February, March 2018

 名前ベスト5

ベルギー統計局によると、マリア、マリーがベルギーで最も多い女性名で、モニック、マルティンヌ、ナタリーがそれに続く。男性名では、ジャン、マーク、パトリック、ミシェル、リュックの順となっている。18歳以下の男性では、ルカ、トーマス、ルイが多い名前で、18歳から64歳ではマーク、パトリック、ルイが多い名前、また、65歳以上になると、ジャン、アンドレ、ロジェーとなっている。地方別に見ると、フランダース地方ではマーク、ジャン、リュックの順、ワロン地方では、ジャン、ミシェル、フィリップの順となっている、ブリュッセルではモハメッド、ジャンが圧倒的に多い男性名である。女性名では地方による違いはあまりなく、18歳以下ではエマも人気を博している。

 遊園地ワリビ

2/15、3月末から開園する遊園地ワリビに’’Tiki Waka’’と呼ばれる新しいアトラクションが登場すると、同園のスポークスマンが発表した。Tiki Wakaとは、ポリネシア語で「完全に狂った」という意味。500mの距離を時速55km/hで走る乗り物で、身長1m以上から乗車できる。

 美術品返還

1980年にモンスのSainte Waudru教会から盗まれた1500年代に制作された「十字架のキリスト」の絵がイタリアで見つかり、Elio Di Rupoモンス市長が受け取りに出向き、イタリア側に感謝の意を表した。この作品は芸術密売業者の所有していた250点あまりの芸術品のうちの1点で、当時のフランドル派(オランダ・ベルギー・北フランス)の画家による高さ1.75m、幅1.25mの価値の高いものである。同教会の財産管理委員長とモンス市長は、作品がモンスに戻って来たら帰国レセプションを開催する予定。

 ブリュッセルの外国人

2018年度版の冊子Mini-Bruによると、首都ブリュッセルには179カ国41万4,139人の外国人が在住しており、フランス人(15.2%)、ルーマニア人(9.3%)、モロッコ人(9%)が外国人のトップ3となっている。外国人の66%はEU諸国の人々で、EU諸国以外では、モロッコ人(9%)、コンゴ人(2.1%)、トルコ人(2.1%)がトップを占めている。

 アルコールはだめ

ブリュッセル・イクセル区は、Sainte-Croix、Etangs、Rue du Belvédèreに加え、Flagey広場も3月15日から10月15日の間、夜間0時以降公共の道路上でのアルコールを禁止することにした。セキュリティーおよび公衆の場での静けさを求めて、若者が集まるところを中心に警官の配置も強化される。

 

 

 物価高のベルギー

2017年の調査で、ベルギーはドイツに比べ13.4%、オランダに比べ12.9%、フランスに比べ9.1%の物価高となっている。調査は、65,000品目を隣国と比較した結果に基づく。価格差が大きい商品はボディケアや衛生用品で、ドイツに比べ26.8%も割高となっている。背景には、販売者への高率マージンと輸入品にかかる関税が挙げられる。

  食用肉スキャンダル

Afsca(Agence fédérale pour la sécurité de la chaîne alimentaire)によると、BastogneのVeviba社は生産した冷凍肉に表示する日付を改ざんしていたと発表した。冷凍しているため、日付を変更しても健康上問題はないが、味は悪くなり、焼いた時に出る匂いが違ってくるという。しかし、食肉解体時の放血処理のためにしばらく肉を放置しておくが、その後皮を切り落とす時にバクテリアが肉に付着する。そのため通常はこの部分を動物用飼料としているが、Veviba社はそれらの肉も食用に販売していたため、特に生で食する場合に危険性がありうるという。大手スーパーでは、Veviba社からの肉の販売を中止した。ルクセンブルグ州地方検察庁によると、Veviba社は通常の肉をBio製品として販売していたという情報も出ている。Veviba社代表は、これは’’人狩り”だとして反論している。調査は継続中。

  ヨウ素錠剤無料配布

3/6より、ベルギー全土に在住する人に対し、ヨウ素錠剤の無料配布が開始された。原子力発電所近辺に在住する住民や希望する子ども、妊婦にはすでに配られていたが、新しく原子力への防護範囲を広げ、原子力発電所から100km圏内の住民、つまりベルギー全土に在住する人への錠剤配布が決まったことによる対応。IDカードや滞在許可証を持参して薬局に申請すると、無料配布してもらえる。現在トラブルは発生していないので、服用する必要はない。

  訃報

3/13、ベルギー人画家Alexandre Obolensky氏が亡くなった。1952年ブリュッセル生まれの彼は、1978年モネ劇場のアトリエに就職し装飾絵画を学んだ。その後1982年に独立し、国内外の劇場、オペラ座などで活躍した。友人のFrançois Schuitenと共に制作したルーヴァン・ラ・ヌーヴのLa Tour Infinieは、人々を魅了している。彼の最後の作品は、同じくFrançois Schuitenと共に制作したブリュッセル・スカールベークの列車博物館内の壁画である。