ある日、乾燥機から取り出した服のポケットから、カリカリになったティッシュが出てきてひどくへこんだことがありました。そのティッシュの中にはフランスで食べた果物の種が入っていて、ベルギーに戻って来たらその種をまくつもりだったのです。乾燥→洗濯→高温乾燥では発芽の見込みはありません。食べた瞬間私の栽培魂に火をつけたその果物の種をどうしても諦めきれないので、ベルギーの園芸店で探しましたが発見できず。幸い友人の情報からイギリスの園芸店で販売されていることが分かり、数週間後に念願の種をようやく手に入れました。ダンナは200 粒程の種を目の前にし、「ちゃんと実はなるんだろうね？ 元は取れるんだろうね？」と早くも心配気味なため息。

　その鼻息で飛んでしまうほどの小さな種は、ヨーロッパのお菓子の飾りなどに使われるミニョネット（フランス語で可愛いという意味）という品種のワイルドストロベリー。 ランナー（親株から出るツル）が出ず、管理が簡単で多花性、四季咲き性（四季を選ばず、1 年に何度も花を咲かせる）で実は小さくても濃厚な味と、数あるワイルドストロベリーの中でもイチオシです。

　食い意地だけに基づいたミニョネット栽培ですが、育苗ポットにまいた種は2 週間ほどで発芽しみるみるうちに大きくなって冬を越し、翌年5 月から花を沢山咲かせるようになりました。しかし、日本に住む友人に収穫が待ち遠しいと言うと「実は食べたらダメとか、いろいろあるよね〜」と、何やら意味ありげな言葉が返って
きました。食べることが目的で育てているのに食べるなと？ 日本ではワイルドストロベリーを育てると結婚できるとかマイホームが手に入るとか、幸せになるという噂があり、実を食べてしまうと災いが起こると友人は言うのです。そして店頭では「幸せを呼ぶワイルドストロベリー」とラベルが付いていて、ブームが大きくなるにつれ「これは本物です」と一言添えてあるものや体験談を掲載した小冊子付きの苗まで登場してきたと説明してくれました。欧米でそんな話は聞いたことがありません。おそらく日本で都市伝説が生まれ、結果それをうまく利用した商売が出てきたのでしょう。

　その後順調に熟した実ではありますが、タルトの表面を覆う程の量にはならないため、日を置きながら数粒ずつ収穫してはダンナと2 人で食べました。自家栽培で新鮮とあって、味は以前フランスで食べたものより一層おいしく感じます。しかし、収穫が始まって間もないある週末の夕方、予期せぬことが起こりました。家の中でダンナと夕食の準備をしていると、なんと庭で突然「ドッカーン」という大爆音。その時、ミニョネットの鉢を置いているフラワースタンドの真横でBBQ をしていたのですが、プロパンガスのタンクに引火して大爆発したのです。

　おかげでプラスチック製の鉢は燃え、ミニョネットは火傷と骨折で全治半年の重傷。「ミニョネットが！！ 消防車〜！」とうろたえる私にダンナは「それより飛んで行った肉を探せ！」。

　隣の家の庭でお肉を探しているとき、ふとあの都市伝説が頭をよぎりました…。
ワイルドストロベリー栽培のブームが去っても、あの時負傷したミニョネットの子孫たちは今も一緒です。本格的に園芸を始めて今年で20 年。花の色や形の趣味、育てる場所は変わっても食べられる物を育てたがることだけは変わりません。ミニョネットはたらふくとまではいかないものの、毎年夏になるとデザートやシャンパンの飾りに使ったり、お茶にしたりと大活躍してきました。

　しかし、今年は残念ながらそれを味わうことができません。ベルギーから遠く離れた国にダンナと弟子猫と一緒に引っ越すことが決まり、今まで大切に育ててきた、そして思い出の詰まった植物たちに別れを告げなければならなくなりました。今年の夏も、食卓で活躍してくれそうな、気ままに育ってくれた植物たちのことを思うと、やっぱり後ろ髪をひかれるMao なのでした。

↑ミニョネットの花は4 月下旬から11 月中旬まで咲き続ける。

あとがき・・・

プチポワのスタッフの方々には、校正、レイアウトを親切丁寧に指導していただいたおかげで、全力以上の仕事をすることができました。連載の機会を与えてくださったこととともに、感謝の気持ちでいっぱいです。そして読者の皆様、最後まで拙い文章におつきあいくださり、ありがとうございました。またいつか、ベルギーで土いじりができる日を楽しみにしています。

Mao